レストランEdiTionをオープンするまで

テーブル・トーク 下村 浩司氏インタビュー

記念すべき第1回のインタビューは、今年7月六本木に「エディション」をオープンさせたオーナーシェフ下村浩司さんです。

今年7月に、「エディション」オープン、おめでとうございます。

ありがとうございます。

40歳で、晴れてご自分のレストランを持たれた気分は、格別なことと思いますが、そもそも料理人を目指したきっかけは何だったのでしょうか?

まず大きかったのは、母親が料理上手だったこと。その影響もあって、僕は子供の頃から料理を作るのが好きで上手だったんです。小学生のころから、よく友達や家族のために料理を作ってましたね。たとえば、みんなでソフトボールしたあと、家に仲間を呼んでチャーハンを作って食べさせたり。その頃から、「この人ならこんなものを作ると喜ぶだろうな」と考えながら作っていました。僕の料理好きは学校でも有名になり、僕が考えたメニューが家庭科の実習で使われたりしていたんですよ。

ということは、料理の専門学校に進まれるのは、ごくごく自然な流れだったということですね。数ある料理の中で、フレンチを選んだのはなぜなのでしょう。

実は、最初はイタリアンをやろうと思ったんです。とにかく料理が好きでしたから、学生時代からいろいろなレストランを食べ歩いたんですね。当時、話題を集めている店から、一流といわれている店まで。でも、残念ながら、そのとき食べたフランス料理は、ほとんどがソースで素材の味を覆ってしまったようなものばかりで、「本当においしい」とは思えなかったんです。それで、一度はイタリアンの道に入ったのですが、あるとき1軒だけ「これはうまい!」というフレンチを口にして、僕の考えが変わっちゃった。「そうか、これがフレンチか。それならやってみよう」と。1軒のレストランでの料理がきっかけで、フレンチの世界に足を踏み入れることになったわけです。

学校卒業後、22歳でフランスに渡られますが、修行時代のご苦労はありましたか?

学校を卒業したばかりの若造でしたけど、僕の目的ははっきりしていた。「将来、シェフになって自分の店を持つ」という。だから、苦労と感じることはなかったですね。22歳から30歳まで、フランス各地のいろいろなレストランで仕事をしてきました。「ラ・コート ドール」、「トロワグロ」、「ギーサヴォア」などなど、三ツ星のレストランでも修業してきましたが、もともと物怖じしない性格ということもあったんでしょうね、意外とすんなりその世界に入っていけた気がします。修業した店を後にするとき、普通は仲間と連絡先を交換しあったりするんですが、僕は一切しなかった。「将来、必ず店をもつ。だから、今は連絡先は言わないよ。その店を探してくれ」ってね。

もちろん、フランスでも料理を食べ歩いたのでしょうね。

それはもう、毎週のように食べに行っていました。お客として食べてみると、本物のフランス料理は日本で食べるものとはまったく違う。そのことに気づかされました。日本のフランス料理は、シェフがその日に作る料理が決まっていて、お客さんはそこから選ぶというのが普通。でも、本場では、「その人がそのとき食べたいものに応える」というのが基本なのです。8年間のフランス生活で、「僕が目指すべきは、この、本物のフレンチなんだ」と確信しました。



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