レストランLE BOURGUIGNONをオープンするまで
テーブル・トーク 菊地 美升氏インタビュー
今、話題を集めている料理人を訪ね、料理への考え方や、食材へのこだわりなどを語っていただいているこのコーナー。 今回は、六本木にあるフレンチレストラン「ル・ブルギニオン」のオーナーシェフ、菊地美升さんにご登場いただきました。 フレンチの修業を始めた当初から、マイユのマスタードやビネガーを愛用していたという菊地さん。連日、予約でいっぱいという人気レストランに貫かれたシェフの思いを、じっくりご紹介します。
「ル・ブルギニオン」は、とても心温まる居心地のいい店ですね。オープンから8年ということですが、菊地さんはなぜ、フレンチの道に進まれたのですか?
ひと言でいえば、食べるのが好きだったこと。小中学校時代から、とにかくいっぱい食べたかったんですよ。実家は函館で食品雑貨の店を営んでいたので、食材だけはいろいろあった。学校から帰って、おなかがすいていると、店でいろんな食材をもらってきて、チャチャッと作って食べるようなことをしていましたね。
小さい頃から、料理を作ることが好きだったのですね。
そうですね。高校は進学校で、最初は学校の先生になりたかったんですが、入学すると勉強より遊びのほうに一生懸命になってしまって…(笑)。「大学進学はちょっと無理かな」ということで、大阪の辻調理師専門学校に行くことに決めたんです。1年間の専門学校時代に、和・洋・中の基礎を学び、卒業と同時に上京。当時、グルメガイドブックでも非常に話題になっていたフレンチレストラン「オー・シザーブル」に就職しました。
最初のお店で出会ったのが、五十嵐安雄、川崎誠也、両シェフということですね。
「オー・シザーブル」にはトータル3年半いて、前半の1年半を五十嵐シェフ、後半の2年を川崎シェフの下で修業しました。二人とも当時、フランスから帰ったばかりで、僕にとっては非常に刺激的でしたね。最初の1年弱は、ホールに出てのサービスの仕事がメイン。料理は作らせてもらえなかったのですが、ここで"フレンチではサービスが大事"という基本を教えてもらいました。ワイン、チーズのことを知ったのもこの時期。ロマネ・コンティやシャトー・ラトゥールを飲む方もいらっしゃったんですけど、グラスの残ったワインをなめてみたりしていましたよ。
その後、フランスに渡って本場のフレンチを勉強されるわけですね。
25 歳でフランスに行こうと決めていたんです。4年半で4軒の店を経験しました。最初に働いたのは、モン・オ・レ・ヴァンという小さな村の2つ星レストラン。 1960年から2つ星を続けてきた山の中のオーベルジュで、クラシックなスタイルを貫いているお店でしたね。お客様の前で魚を切り分けたり、ソースをかけたりという日本のレストランには珍しいサービスの仕方が新鮮だった。日曜のランチなどでは、お客様が12時から夕方の5時くらいまでゆっくり食事をして行かれるんです。そんな習慣を目の当たりにして、非常に"フランス"を感じたのを覚えています。
マイユと出会ったのは、そんなフランス生活でのことですか?
もちろん、日本にいるときから使っていましたが、マイユのマスタードやビネガーがフランス人にとって"なくてはならない食材"なんだということを知ったのは、本場に行ってからですね。いちばん印象に残っているのは、プライベートで訪ねたブルゴーニュのディジョンのマイユブティック。小ぢんまりしたとても可愛いお店に、マイユの食材がズラリと並んでいるんですよ。まだ、フランスで修業をする前でしたから、本場でなじみのある食材を見つけたことが嬉しくもあり、懐かしくもあった。そんな思い出のあるマイユは、うちの店の料理にも欠かせない存在なんですよ。
菊地 美升さん
LE BOURGUIGNON
「ル・ブルギニオン」



